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名山が連なる南アルプスにおいて、悪沢岳と赤石岳は盟主と呼べる存 在である。どこから見ても堂々と迫力のある山体で、本邦6番目と7
番目の標高を誇っている。屈指の展望と南アルプス最大とも言われる
お花畑が魅力だが、その山稜は険しく、踏破するにはそれなりの体力
が必要となる。また、登山口までのアプローチが長く、2000メー
トルを越える標高差からも、これらの山の奥深さがいっそう感じられ
る。
右回り?左回り?
まず初めに悪沢岳を目指すか。それとも赤石岳か。手前の小屋までなら赤石小屋が近 いが、翌日は千枚小屋まで行きたい。その場合、赤石小屋からは北沢源頭を登り、赤
石岳を登り返し、さらに荒川小屋から悪沢岳を越えて千枚小屋となる。これは大変だ。
初日に赤石避難小屋まで行ければ良いのだが、富士見平からの北沢源頭の登りがキツ
そうだし、できれば山小屋に泊まりたい。千枚小屋と赤石小屋に泊まることを前提に
考えると、初日に標高を稼げ、2日目に楽に歩けるほうが望ましい。ということで、
まずは千枚小屋まで行くことに決めた。
静岡からの長い距離を走り終え、ようやく畑薙第1ダムに到着した。大きな駐車場は半分ほど埋まっていた。こちらもその一角 に車を停め、早速、明日に備えて眠ることにした。朝6時過ぎに目を覚ますと、ゆっくりと朝食をとり、出発の準備を整える。
登山口までの送迎バスは8時が始発なので余裕がある。はずだったが、この日は連休とあって臨時便が6時半頃から出ていた。
それに気付かず、結局8時発のバス待ちの列に並んだ。立っているだけで、早くも汗だく状態だが、やってきたバスに乗ると冷
房が効いておりとても快適だった。1時間ほど揺られ、椹島に到着。9時20分過ぎに歩き出した。椹島ロッヂの先に続く林道
を進んで行くと滝見橋が現れ、この手前を左に入る。滝を横目に見ながら行くと、すぐに吊橋が架かっており、これを渡るとい
よいよ本格的な登りとなった。しばらくは岩が重なるような急登が続く。見どころのない樹林帯の中をジグザグに上がって行く
が、途中で展望が開けた場所があり、そこからは悪沢岳らしき姿を遠くに見ることができた。登りが一段落したと思ったら突然
林道にでた。右に進むと左側に梯子が架かっているので、これを上がって再び登山道となる。シラビソ林の道は、多少傾斜が緩
くなったとはいえ、登りごたえがある。こまめに休憩を繰り返し、ようやく清水平に着いた。椹島から3時間半が過ぎており、
やっと今日の宿である千枚小屋までの半分の行程を消化したことになる。とりあえず水場の脇に腰をおろし、ひと息つくことに
した。再び始まる急登は相変わらず展望がなく、ひたすら進むのみだ。やがて岩場にある見晴台にでた。ここからは荒川三山が
展望できるようだが、のんびりしている訳にもいかず先を急ぐ。だいぶ体力を消耗しているようで、かなりペースがダウンして
いる。容赦のない急登は行ってもいっても終わることがない。いい加減うんざりしてきた頃、駒鳥池にでた。駒鳥池は林の奥に
あるのだが、見に行く気力がないので先に進む。そして椹島から7時間以上を要して、やっとのことで千枚小屋に到着した。宿
泊の手続きを済ませ、夕飯までの時間はビールでも飲んでゆっくり過ごすことにしよう。
![]() ![]() ![]() 畑薙第1ダムの駐車場 リムジンバスで椹島に到着 吊橋を渡るといよいよ登って行く ![]() ![]() ![]() 遥か先に悪沢岳が見える 林道に出るとすぐに階段がある 清水平の水場で休憩する ![]() ![]() ![]() ひたすら続く急登をもくもくと登る 駒鳥池を通過 7時間以上かかり仮設の千枚小屋に到着
2日目の朝を迎えた。昨日に引き続き、今日も最高の天気だ。小屋の前からは朝日に輝く富士山の眺めが素晴らしい。これから 今回の目的地である悪沢岳と赤石岳を目指す。朝食をとり、5時30分に歩き出した。まずは小屋の裏にある登山道をジグザグ
に登って行く。ダケカンバの林を抜け、森林限界に達すると周りはハイマツ帯に変わった。ここでようやく周囲の眺望が得られ
るようになった。そして50分歩いたところで千枚岳に到着した。これから縦走するルートが一望のもとだ。荒川前岳の先には
荒川小屋が見える。さらに赤石岳を登り、赤石小屋までが本日の予定となっている。かなり距離がありそうだ。果たしてあそこ
までたどり着けるだろうか、少々不安になってきた。まあ、行けそうになかったら、その手前の小屋までにしてもいいだろう
が、翌日の下山のことを考えると、やはり赤石小屋までは行きたい。千枚岳からは尾根道を軽いアップダウンをしながら登って
行く。足元に咲くミヤマオダマキ、イワオウギなどの花々と、展望を堪能しながら歩くと、丸山に着いた。小高い丘のような山
だが、すでに3000メートルを超えており見晴らしは抜群。すぐ目の前には悪沢岳がどっかりと控えている。岩稜帯を通過
し、広い斜面を詰めていくと、ひとつ目の目的地である悪沢岳(荒川東岳)に到着した。まだ3時間しか歩いてないが、かなり
疲れたのでゆっくり休むことにする。360度の大パノラマは凄い。塩見岳、白根三山、甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳、そして赤石岳
といった南アルプスの名峰の眺めが広がる。そして、富士山はもちろん、北アルプスまで遠望できる。悪沢岳を発ち、ガレた斜
面をいったん鞍部まで下りる。ハクサンイチゲ、オヤマノエンドウ、タカネシオガマ、イワベンケイなど多くの花が目を楽しま
せてくれる。砂礫の広い斜面を登り返すと中岳避難小屋に出た。時刻は10時になろうとしていた。少し早いが、ここで昼食に
しよう。食後のコーヒーも済んだので、再び歩くことにした。小屋のすぐ先にあるのが中岳だ。気持のよい稜線をさらに進んで
行くと、前岳に至った。ここからの眺めも素晴らしい。そして山頂の反対側には荒川大崩壊地が荒々しい姿を見せている。次の
目的地の赤石岳も少しではあるが近づいてきた観がある。さらに歩を進める。中岳との鞍部まで戻り、分岐を荒川小屋方向へ向
かった。この先の前岳南東斜面に広がるお花畑は南アルプス最大と言われており、その花の多さに目を奪われてしまう。お花畑
を何度か横断し、一気に下って行くと荒川小屋に到着した。まもなく12時になるところだ。さて、この後どうするか。まだ時
間は早いのだが、疲れもたまってきている。目の前に聳える、赤石岳まではコースタイムで3時間かかる。そこから赤石小屋へ
は、さらに2時間半だ。とりあえず、赤石岳山頂の避難小屋を次の目標にして歩き始めた。やや急な樹林帯の道をしばらく登っ
て行く。道がゆるやかになると樹林帯を抜け、砂礫のトラバース道となった。この先の大聖寺平は開放的なところだが、それも
すぐに終わるといよいよ赤石岳への登りが始まった。岩がちの稜線をジグザグに詰めると、小赤石岳の肩に乗った。目の前のピ
ークを目指し、休憩を繰り返しながらゆっくり進んで行く。このあたりが今日一番きつく、我慢のしどころだ。ようやく小赤石
岳に着くと、赤石岳の迫力ある姿が迫ってきた。いつの間にかわいてきた雲が、先ほどまでの青空を覆い始めている。さて小赤
石岳からいったん下ると赤石小屋を経由し椹島へ向かう分岐となる。今日を赤石小屋まで行くか、頂上の赤石避難小屋までとす
るか考える。登頂後は下りだけなので、なんとか5時頃には赤石小屋に着けるだろう。分岐にザックをデポし、最後の登りにと
りかかった。もう少し時間がかかると思ったが、赤石岳には意外とあっさり到着した。頂上からは少し雲が出ているがまずまず
の眺望が楽しめた。そして、なにより悪沢岳と赤石岳に無事登頂できたことが一番良かった。すぐ下にはちっぽけな避難小屋が
建っており、近くまで行ってみようと思ったが、あまりゆっくりもしていられないので山頂を後にした。分岐まで戻り北沢源頭
の急斜面を急降下していく。お花畑を過ぎると水場に出た。振り返ると赤石岳が頭上にそそり立っている。道は小さな上下を繰
り返し、桟道や階段も現れる。そして、ダケカンバなどの樹林を抜けると見晴らしの良い富士見平に出た。先ほどの雲はだいぶ
消え、この時間でも富士山が綺麗に見えている。何といっても千枚岳から荒川三山、赤石岳に至る山並みの眺めは、自分が歩い
て来ただけに感慨深いものがある。再び30分ほど下って行くと、シラビソの樹々の間から赤い屋根が見えてきた。5時過ぎに
赤石小屋に到着。11時間におよぶ本日の行程が終了した。小屋の前からでも悪沢岳、赤石岳、聖岳といった眺望を楽しむこと
ができた。夕食まではまだ余裕があるので、この眺めをつまみに、いつもの通りビールタイムにしよう。このまったりとした時
間が最高だ。
3日目は下山するだけなので、少しのんびりしたかったが、椹島から8時発のバスに乗りたかったので赤石小屋を5時過ぎに出
発した。ここからは見晴らしの利かない樹林の大倉尾根を行くので、今まで見てきた山の姿をしっかりと目に焼けつけておこ
う。1400メートルの下りをひたすら突き進み、2時間で椹島にたどり着くと、ついに今回の山旅の終わりを迎えた。
![]() ![]() 5時30分に出発。本日は悪沢岳と赤石岳を目指す まずは千枚岳に到着。ここから稜線散歩の始まりだ ![]() ![]() 丸山の先にあるのが悪沢岳 赤石岳。稜線の先に赤石小屋が確認できる ![]() ![]() 千枚岳の岩場を下ると丸山までは緩やかなトレイルが続く 丸山に到着。ここで3000メートルを超えている ![]() ![]() 千枚岳を振り返る ヒナを連れた雷鳥に遭遇。南アルプスで雷鳥を見たのは初めて ![]() ![]() 3時間で悪沢岳(荒川東岳)に到着。最高の眺めが広がる これから縦走するルート。赤石小屋までは無理かもしれない ![]() ![]() 塩見岳の向こうに白根三山、甲斐駒、仙丈が連なる 北アルプスを遠望 ![]() ![]() 次の中岳を目指し稜線を行く 辺り一面は花盛り ![]() ![]() 悪沢岳を振り返る。下りは足場が悪かった 中岳避難小屋に到着。中岳に行く前に早めの昼食にする ![]() ![]() 避難小屋からひと登りで中岳だ。どこを向いてもすごい眺め 続いて前岳。背後には荒川大崩壊地が広がる ![]() ![]() 不毛と思われた山頂にも多くの花が咲いている 悪沢岳からの稜線を振り返る。分岐まで戻り次の荒川小屋へ ![]() ![]() 前岳南東斜面に展開するお花畑は南アルプス屈指の規模 ハクサンイチゲ、ミヤマキンバイ、クロユリ、イワカガミなど ![]() ![]() お花畑から一気に高度を落とすと間もなく荒川小屋 12時過ぎに荒川小屋に到着。疲れたのでここに泊まりたかった その向こうに聳える赤石岳がとても遠く感じる ![]() ![]() 荒川小屋からひと登りすると開放的な大聖寺平 小赤石岳へのガレた斜面を登る ![]() ![]() 小赤石岳に到着 2時50分、赤石岳に到着。雲が出てきたがまずまずの眺め ![]() ![]() 山頂裏手に建つ避難小屋 北沢源頭を下って行く。この周りにも多くの花が咲く
ここに泊まろうと思ったが、なんとか赤石小屋まで行けそうだ 手前の尾根の上に建つ赤石小屋が見える
![]() ![]() 富士見平からは今日歩いてきた山並みが見渡せる この時間でも富士山がよく見える ![]() ![]() こちらは先ほどまでいた赤石岳 5時に赤石小屋に到着。まずはゆっくりしよう
![]() ![]() 小屋のテラスからは正面に聖岳。隣のトンガリは兎岳 西陽に輝く赤石岳 ![]() ![]() 3日目の出発前。8時までに下山したい 椹島に無事帰還。バス出発まで椹島ロッヂでモーニングセットを食す
千枚小屋 数年前に謎の出火により焼失したが、本館はいまだ再建されずにプレハブのままだ。 泊まった建物は月光荘だったので、食事のとき以外はそれほど不自由はなかった。そ の食事は狭いスペースに10人ちょっとしか入れないので、何回かに分けてとること になった。小屋は周辺にたくさんの花が咲いており、また正面に富士山を望める環境 の素晴らしいところに建つ。 赤石小屋 はじめはここまで来るのが無理だと思っていただけに、11時間以上かかって辿り着 いたときはさすがにホッとした。小屋からはこの日、歩いてきた山々を見渡すことが できる。3連休にも関わらず1枚の布団を使うことができたのは良かった。トイレは 小屋から少し離れているが、綺麗に保たれている。食事は夕飯だけ頼んだが、肉の生 姜焼きという珍しいメニューだった。ボリュームもありとても美味しく頂けた。 ![]() ![]() 東海フォレストルール 畑薙ダムの駐車場から登山口の椹島までは、東海フォレストの運行するリムジンバス に3000円払って乗らねばならないが、その条件として山中で同社の経営する山小
屋に最低でも二食付きで1泊しなければならない。3000円は宿泊費の一部に充て
られ、事実上は小屋宿泊者専用の送迎バスということになる。キャンプをする人はこ
れらを考慮してルート、宿泊の計画を立てる必要がある。このような決まりが、この
山のアプローチの悪さに、一層の拍車をかけている気がする。
大井川鉄道井川線の接阻峡温泉駅の前にあり、宿泊もできる。
泉質も良く、素朴な雰囲気の露天風呂で、登山の疲れを癒せる。
![]() ![]() ![]() ![]() ミヤマオダマキ イワベンケイ クロユリ ハクサンイチゲ
![]() ![]() ![]() ![]() ハクサンフウロ オヤマノエンドウ タカネヤハズハハコ タカネシオガマ
<山行後記> 1日目は見どころもなく、きつい登りが続いた分、2日目に素晴らしい景色が見られ たことは嬉しかった。天候にも恵まれ、3000メートルの稜線歩きは実に快適だっ
た。多くの高山植物をはじめ、南アルプスの山岳風景をまのあたりに出来る最高のル
ートだ。しかし、尾根までの登りがきつく、距離も長いので健脚向きといえるが、適
所に小屋が配置されているので安心できる。赤石岳、荒川岳を存分に満喫でき、達成
感のある山行ができた3日間だった。
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